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日経新聞を10倍おもしろく読んでみるブログ

お堅い日経新聞10倍おもしろく読むブログです。コメントは独断と偏見が混じっています。

レセップスに見る、志を立てるのに年齢は関係ないと思ったこと

文化

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レセップスというのはフランスの外交官で、20年以上の月日をかけてスエズ運河を完成させた人だ。

 

今日の日経新聞に、このレセップスの事が書いてあった。

 

40代半ばで公職を辞し、1854年から地中海と紅海を結ぶスエズ運河の建設に乗り出す。

大がかりな民間事業で、現場の環境は過酷を極め、オスマントルコや英国の政治的思惑にも惑わされ、このプロジェクトは難航した。

 

それでも強烈な意志で障害を乗り切って開通にこぎつけた時には、レセップスは60歳半ばになっていたという。

これだけですごいことなのに、70代も半ばになって今度はパナマ運河に手を付ける。結局は挫折するのだが、エネルギッシュな志は年齢は関係ないということを感じた。

そういえば、老年といわれる年齢に志を立てたり、起業し、目的を達成する人は歴史の中には少なくないようだ。

 

学ぶのに遅いということはない

たとえば、江戸時代に正確な日本地図を作成するために日本全国を歩いた測量家の伊能忠敬。彼はそれを49歳の時に決断し、西洋の技術を学ぶことから始めている。

49歳で隠居後、50歳の時に江戸に出て、暦学、天文学を学ぶ。

55歳から73歳の18年間、日本全国の測量、地図製作の大事業を成し遂げた。

 

 

カーネルサンダースの情熱


カーネルサンダースは、ケンタッキーフライドチキンの創業者として知られている。

今や定番となったファストフードの店頭に立っている白いスーツで微笑むカーネル・サンダースの人形はみんな知っているだろう。

しかし、ケンタッキーフライドチキンができた経緯を知っている人はそんなに多くない。

カーネルKFC事業を立ち上げたのは、彼が65歳の時だ。そのときは無一文で、毎月もらえる105ドルの年金で生活していた。

カーネルは、昔経営していたレストランの大人気メニューであったフライドチキンの作り方と、秘伝のスパイスを他のレストランへ売ることにした。しかも、買取ではなくフライドチキンが売れた分だけ1ピースに付き数セントのロイヤリティをもらうという契約だ。

全米中のレストランを回ったが、老齢のおじいさんの飛び込み営業に応じる店はなかなかなかった。

そのご、フランチャイズのアイデアを成功へと導き、73歳頃にはKFCのチェーンは600店を超え、アメリカ最大のフランチャイズレストランとなる。

カーネルの主義として、

「できることはやれ」

「やるなら最善を尽くせ」

この二つをルールとして守り通したという。

あきらめる理由はいくらでも見つかる。しかし、カーネルは「おいしいもので人を幸せにしたい」という情熱を燃やし続けていたからこそ、最後には大きな成功を手にした。

年寄りががんばってもしょうがない、などというとんでもない勘違いをいう人間がいる。

人間は死ぬまで情熱を燃やしていかないと、生きている意味がない。

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